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2020-06-07

MyStory1. 鍼灸師の私が、 やってきたこと、やっていること

鍼灸師として、日々、
いろいろな発信をしているわけですが

自分の鍼灸について
まとめてお伝えしたことがないのに気づき

これから、何回か連続で

 

「鍼灸師の私が、
やってきたこと、やっていること」

 

について、書いていこうと思います。

 

 

私は鍼灸師です。

 

実際には

 ・はり師
 ・灸師
 ・あん摩マッサージ指圧師

3つの「国家資格」を持っています。

 

この資格を取るためには
専門の養成機関で3年以上学び
国家試験に合格する必要があります。

私は、東京の
「東洋鍼灸専門学校」で学びました。

当時3歳の娘を保育園に預け
3年間、毎日、新幹線で通いました。
(移動時間は毎日5時間でした)

私も、娘も、
娘を世話してくれた実家の母も
よく頑張ったと思います。

 

 

実は、卒業した年の3月に
地元、長野市にも
鍼灸の専門学校ができたのです。

東京へ通うのはお金も時間もかかったし、
子育てと学生の両立も大変だったので
それを知った時は、ショックだったのですが…

でも、後悔はありません。
貴重な経験を、たくさんしました。

 

①一流の鍼灸師に教えていただいた
伝統ある学校だったので、業界誌に名を連ねる有名な先生がたが、日替わりで教えに来てくださいました。今、振り返っても豪華でした。

 

②医学部の講師に教えていただいた
鍼灸学校といっても、厚生労働省の管轄ですから、学ぶ内容は西洋医学の方が多いのです。解剖学や生理学などは、都内の有名な医大・薬科大学の先生が教えに来てくださいました。(今は違うようです)

 

③モチベーションが高かった
当時の同級生は、卒業してすぐに開業を目指す人が多かったのでモチベーションが高く、休憩時間もよく練習していました。卒業後の開業率は相当高いです。

 

④長野市ではあん摩マッサージ指圧師の資格は取れない
「あん摩マッサージ指圧師」を養成する学校は数が少なく、一般の人が3つの資格を同時に取れる学校は長野市にはありません。
需要はあるんですけどね。
(目の不自由な方の職業確保のため、養成機関が少ないと聞きました)

 

⑤中国の大学病院に見学に行けた
生理学を教えていただいた先生のご縁で、蘇州大学の大学病院の見学をさせていただきました。大学病院で、実際に鍼灸をしている様子や、病院の中で大きな鍋で漢方薬を煎じている部屋を見せていただきました。病院の中に普通に東洋医学がある様子は、貴重な経験でした。

 

⑥東京出張するためのきっかけになった
今、私が東京で施術しているのは、卒業した専門学校の付属治療院です。新大久保駅から徒歩1分の好立地なサロンを、卒業生向けに貸していただいています。そこがあったから東京出張が実現しました。

 

 

当時は批判もありました。

「子育てが終わってから取ればいいじゃない」
「危なっかしくて見てられない」
「鍼灸師なんかで食べていけるの?」

 

と言われたのも、
懐かしい思い出です。

 

鍼灸師を志してから20年。
私にそう言った人たちが
何か助けてくれたことはなく…

むしろ、今ではもう
名前さえ覚えていないくらい。
お付き合いはなくなってしまいました。

 

それもまた、
かけがえのない経験ですね。

 

長くなったので、続きはまた♪

 

 

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鍼灸師になるまでの物語は、こちらにまとめてあります。

鍼灸師になるまでの道のり
https://izumi-chiryouin.com/michinori01/

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